店員の『イチオシ』POINT!
ブルートレインあさかぜでも九州の中心地博多まで行く華やかな便に比べると下関止まりはマイナーでした。昭和45年、夜行急行安芸を格上げしてあさかぜに統合したのが始まりで、博多行きの補完的な存在でした。博多あさかぜの切符が取れなかった人が下関で接続する博多行きの特急や急行に乗る、下関から船便で釜山を目指す、新幹線博多開業後は隣駅の新下関始発の新幹線に乗り換えるなどのビジネス客が主要な利用客でした。昭和52年に24系25形100番台に置き換わると瀬戸と編成を共用、オールB寝台、食堂車無し、広島で後ろの編成を切り離してして短編成で下関まで目指す地味な体制がしばらくの間続きますが変化が訪れたのが平成元年、電源車カニ24を新設のトワイライトエクスプレスに召し上げられた代わりにオハ12改造のロビーカー、スハ25の連結が開始されます。スハ25は電源供給用のパンタグラフを持ち、車内のサービス電源を架線から受け取ってカニ24の代わりとしました。これは走行区間が全て直流区間だったことから実現しました。またカニ24は新聞輸送も行っていたので代わりに日本海のバイク輸送用マニ505000番台を下関側に連結して対応、荷物室を持つオハネフ25300番台完成まで凌ぎました。更にA寝台車の連結も開始され、下関あさかぜ・瀬戸用オロネ25300番台がオハネ25100番台改造により完成、JRになって一気に接客設備がグレードアップされました。最後にオハネフ25300番台が完成して、さよならあさかぜの面子が揃いました。なお、カニ24が残留した編成もあり、こちらは編成を揃えるためパンタ 、電源設備無しのオハ25が連結され、オハネフ25300番台の連結もありませんでした。こちらは1998年の瀬戸の285系置き換えまで活躍し、オロネ25300番台のみが函館行き日本海に転用され2008年まで走り続けました。スハ25編成は3編成あり、博多あさかぜ廃止後も走り続けますが2006年、ついに下関あさかぜも廃止となります。ブルトレの名門にして始祖、地方から東京を目指す若者が乗り、成功して故郷に錦を飾って凱旋する者もいれば、夢叶わす挫折して故郷に戻る者、九州でのビジネスのために義務的に乗り成果を東京へ持ち帰るために戻るビジネスマンなど、多くの人々の人生の岐路にはブルートレインが関わっていたのかも知れません。
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TEL:045-530-4110| 保証期間 | 保証なし |
|---|---|
| 発送目安 | 1-2日後 |
| モーター |
○ |
| 付属品 |
付属品あり。客車用パーツ一部使用済。EF66用付属品未使用。 |
| 商品状態 |
開封品。 |
| 商品説明 |
2006年発売。 |
WEB No.2080890000109554
[ 古物営業法に基づく表示:東京都公安委員会 第308839702078号 ]